2008年7月 of FUTURE WALKER


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2008-07

映画の魔法

もう季節は夏真っ盛りで、映画夏の陣もすでにスタートを切っている。
その先陣を切ったのが、往年の傑作アドベンチャーシリーズの4作目、
『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』である。

すでに3作目からは19年が過ぎているが、かなり前から4作目の準備に入っていたこともあり、
ファンにとっては待望の作品である。
かつて私も、あの有名すぎるテーマ曲とともに興奮し、熱狂したものだ。
高校生のとき、好きな子を誘って3作目を観に行った淡い想い出もある。

そして今回も、スピルバーグ、ルーカス、ハリソン・フォードの黄金コンビは変わらず、
その他スタッフも、スピルバーグの黄金タッグメンバーが健在である。
ゆえに、昨今の映画不振を、もしかしたら吹き飛ばしてくれるのでは、
という期待も少なからずあった。

確かに、ほかの映画に比べればかなり面白い。さすがである。
所詮『インディ~』シリーズのブランクを狙っただけの『ハムナプトラ~』シリーズに比べれば、
本家本元の面白さはダントツである。
しかし、何かが足りない。そつなく面白くできているのだが、それだけである。
かつての、あのテーマ曲が鳴り響いたときの胸の底から躍る興奮が、いまいち生じてこない。
映画が終わった後、映画のシーンそれぞれを鮮明に思い出すことができない。
時とともに記憶が薄れていくのである。
「あれ?具体的な内容はどんなんだったっけ?」といった具合に。
つまり、映画に『魔法』がかかっていないのである。

どんなにつたない映画でも、技術的にレベルが低い映画でも、
その映画に『魔法』がかかっていれば、観客の心をわしづかみにし、
一生、観客の記憶に残る映画になる。
逆に、どんなに良く出来ていても、技術的に非の打ちどころがない映画でも、
『魔法』がかかっていなければ、観客にとって『特別な体験』にはならない。
では、『映画の魔法』とは、いったい〝何者〟なのだろうか。

映画に限らず、人が創り出す『作品』には、愛がなければならないのではないか。
愛のこもっていない他人の作品なぞ、別に見ても『特別な体験』にはならない。
それに愛が注入されているからこそ、琴線に触れることがあるのだし、
共鳴することがあるのではないか。
「こんなの作ったら面白いだろうなあ」とか「こういうの絶対作ってみたい」という純粋な衝動が、
作品への愛となり、『魔法』となっていくのではないだろうか。

現代社会は、お金への〝純粋〟な衝動ばかりが幅を利かせ、それ以外は排除されるばかりなので、
かつては『魔法』のかかった映画も、今では『魔法』がかからなくなってしまったのかもしれない。

written by 中村未来歩