2009年12月 of FUTURE WALKER


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2009-12

My Sister's Keeper

映画『私の中のあなた』(原題: My Sister’s Keeper)を先日観た。
キャメロン・ディアスが出ているヒューマンドラマだ。

感想を書こう書こうと思っていたのだが、
あまりにも自分の生活とリアルにシンクするところがあったため、
なかなか自分の中でまとまらなかったというか、考え込んでしまった。
母妹と3人で観に行ったのだが、その帰りも3人とも無言で、
それぞれが考え込んでいたというか、とても複雑な心境だったのだ。

「白血病の姉の臓器移植のドナーとして生まれた少女が、
自らの身体を守ろうと両親を相手に訴訟を起こす」という物語なのだが、
私たち家族は、白血病の子どももいないし、そのような希有な状況でもないが、
私の息子が先天性の感染症で生まれてきており、
ハンディキャップを持つ子どもがいる家庭というところだけ共通している。

たったそれだけの共通点なのだが、私たちには、
驚くべきほどリアルに映ったのだ。まるで私たちを投影しているかのように。

子育て支援が充実しているフランスなどではだいぶ状況が違うのだろうが、
日米においては、それが金銭的にも精神的にも充実していない。
特に日本は文化的にもその点は非常に遅れているので、
障がい児の母親が’ガンバル’のがあたりまえ的な雰囲気がある。
やっと、障害児に対するケアは少しずつ進んできてはいるのだが、
実は一番大切なのは、母親のケアなのだ。

子育てをしている親たちは理解できるだろうが、
健常児の子どもを育てることだって、非常に大変である。
ゆえに、発達に様々な障害を持った子供を育てる大変さは想像を絶する。
だから、必然的に母親は物理的にも精神的にも全く余裕がなくなる。
そのことが子どもに影響していくのである。
特に小さい頃は、精神的に母子一体であるがゆえに、
母親の精神状態は、子どもの発育に絶対的な影響を与える。
だからこそ、フランスなどでは徹底的に母親のケアシステムを整備している。

この映画でもそうであったが、ケアシステムが不十分な状況下では、
母親は精神的余裕がなくなり、周囲が見えない傾向になり、
障がい児のケアのみに没頭する。他の子は二の次。これは至極当然な流れなのだ。
だが、その’没頭’することが、様々な家庭問題の起因になる。

先ほど、そういう状況が子供に多大な影響を与えると書いたが、
実は夫婦関係への影響も重大なのである。
当然、その障がい児だけ中心の生活になり、
夫は、妻の’アウト・オブ・眼中’になる。
障がい児育児のために必要な’父親=人材’となり、夫婦関係としての’夫’の存在はなくなる。
だが夫は、妻の苦労を知っているが故に、そのことを責めることも出来ないし、
子供は愛しているし可愛い(たとえ大変でも)ので、何とか夫も’ガンバル’。
しかし、どこか寂しげな表情は消えないのだ。
この映画は、そんな裏の微妙な表情や会話までも微細に表現していたのだ。

さらに突っ込むと、この映画では白血病を患った子供だったので、
精神発達等に問題はなかったが、
これが精神発達やことばの発達とも絡んでくる障害になると、
通常はパパに懐いてくる時期になっても、なかなかそうはならない。母子一体が長いからだ。
そうすると、通常の父親より努力をしても、
それ相当のフィードバックが、子供から単純に返ってくるわけではない。
ダブルの寂しさを抱えたまま、またさらに努力を続けていくのだ。
故に、日本で障がい児を持つ夫婦は、障がい児が3歳を過ぎると、離婚するケースが多い。
夫/父親は、3歳頃までは’ガンバル’が、やがて限界がやってくる。
だが、それは家庭の中の誰のせいでもない。社会性の問題だ。

この映画は、他にも『生きるって何?』といった生と死に関すること等、
様々な社会問題を含有して、見事なブレンドで表現している。
それも、声高に訴えるということではなく、リアルな生活を映し出すことによって。
しかも、その構成も飽きさせず見事なものである。
キャスティングも絶妙。脇役に至るまで素晴らしく、皆がリアルな’人’として存在している。

他の人が観たら、また違う感想になるかもしれないが、
何かしら障害をもった子供を持つ親からみて、リアルな映画であることはお墨付き。
だから、そんな家庭の雰囲気を垣間みるという感じで、一見していただきたい。
ただ、もちろんここで描かれている家庭は、
’幸せな’家庭の一つであることを頭の片隅に置いていただきたい。

written by 中村未来歩